(財)アジア・アフリカ国際奉仕財団-AIV

Asia Africa International Voluntary Foudation                                                                                                                 ~思いやりの心を 広く 深く~

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    私たちのミッション(使命)~思いやりの心を広く、深く~    

 

アジア・アフリカそして日本の人々に“気づき”を促し、潜在能力を引き出すきっかけをつくり、ともに考え、行動する世界をつくります。

 活動の始まり―壷阪寺常盤勝憲和尚とハンセン病患者支援

 

 壷阪寺先代住職 故常盤勝憲和尚が、ハンセン病患者支援を始めたのは、差別や偏見が残る1960年頃の日本においてでした。

 ある日、勝憲和尚が自身の講演中に資料を口に持っていく方がおられることに気がつきます。その方はハンセン病により視覚障害をお持ちの上、手指の感覚がなくなり、点字で書かれた資料を舌で読んでおられたとのことでした。勝憲和尚は胸を痛め、僧侶として何かできることはないのか、との想いを抱き、ハンセン病患者の里帰り支援(故郷には戻れないため、第二の故郷として壷阪寺への訪問)などの支援を始めました。

 

 1965年には、勝憲和尚がインドを訪問した折、アグラにてハンセン病患者の救済事業を行う日本とインドの医師、ボランティアと出会いました。当時、インドでは隔離政策はなかったものの、ハンセン病の正しい理解や医療技術が発展しておらず、多くの患者が病気と社会からの偏見に苦しんでいました。このような中、日印両政府が協働で運営するハンセン病治療・研究施設「ジャルマ」での医師たちの献身的な奉仕活動に感銘を受け、資金、物資の支援、日本からのボランティアの派遣などで支援を開始しました。

 


 

活動の発展―インドでの支援活動の広がり

 

 勝憲和尚がジャルマへの支援活動を続けていた1977年頃、その敷地内のガレージでインド人医師の妻たちによって無料の青空教室が開かれていました。「貧しい子どもたちほど、しっかりと教育を受けなければいけない。子どもが教育を受ければ、教育を受けられなかった親を助け、貧困と闘うことができる」という想いのもと、ハンセン病患者の子どもや近隣の貧しい子どもたちを対象にしていいました。

 この青空教室は、日に日に子どもたちが増えていき、ガレージでは収まりきらなくなりました。「しっかりとした教室で、よりたくさんの子どもたちに教育の機会を与えたい」という先生たちの熱意に勝憲和尚は賛同し、すぐ近くの敷地内に「ロパ・ムドラ学校」校舎の建設を支援、その後も運営の助成を続けました。

 

 また、インド政府の全面支援によって同じ年に南インドのカルカラにて大観音石像石彫事業を開始し、地域の雇用も生み出しました。完成後の1983年には壷阪寺にて開眼法要も行い、日本国内でのインドでの支援活動が紹介されました。

 1985年には、熊本県のハンセン病施設で生活されていた方が壷阪寺の活動を知り、「インドの救ハンセン病事業のために使ってほしい」と遺産を寄託されました。その善意を生かしていけるよう、インド中部ワルダに「壷阪寺救ハンセン奉仕財団(TDKSP)」を設立し、ハンセン病患者やその家族への奨学金事業や、ハンセン病差別に苦しむ女性の入所施設などの運営を開始しました。

 


 

アジア・アフリカ国際奉仕財団の設立

 

 1988年、勝憲長老が遷化され、そのインドでの支援活動を継続し、より充実させるため(財)アジア・アフリカ国際奉仕財団が設立されました。

 団体設立後は、インドではロパ・ムドラ学校への支援を継続するとともに、奨学金事業、現地NGO支援事業、またアフリカ東部ウガンダでは1990年ンゴビャ学校での奨学金事業を開始しました。現在はインド5地域、ウガンダ1地域で活動を続けています。

 国内では、事務局を置く壷阪寺境内での活動紹介と募金活動、会報やホームページによる広報活動、壷阪寺行事また国際協力イベントへの参加などを行っています。